なぜTFTは動かないのか?

わかる!PyTorchとCUDAとGPUエラーの謎

なぜTFTは動かないのか?

初心者のためのGPU、CUDA、PyTorch「バージョン相性」の完全解説

はじめに:謎のエラーとの遭遇

AutoGluonで順調にTabularモデルや統計モデルの学習が成功したのに、いざGPUを使って TemporalFusionTransformer (TFT) のような高性能なディープラーニングモデルを動かそうとすると、決まって謎のエラーで停止してしまう…。

RuntimeError: CUDA error: device-side assert triggered

このメッセージは「GPU側で計算ルール違反があった」と告げているだけで、何が原因かは教えてくれません。この状況は、データサイエンスのプロジェクト、特にディープラーニングにおいて非常によくある「壁」です。このウェブアプリでは、この問題の根本原因を、**F1のレーシングチーム**に例えて、一つずつ解き明かしていきます。

マシンを構成する4つの階層:F1チームのアナロジー

GPUでAIモデルを動かす環境は、単一のソフトウェアではなく、緊密に連携する4つの「階層」から成り立っています。この連携が一つでも崩れると、マシンは走りません。

階層1: GPU (エンジン本体)

物理的なハードウェアです。今回の場合は NVIDIA GeForce RTX 3070。これがマシンの心臓部、F1カーの「パワーユニット(エンジン)」そのものです。

階層2: NVIDIAドライバ (エンジン制御ユニット – ECU)

OS (Windows) がエンジン (GPU) と会話するための基本ソフトウェア。車の頭脳であるECUのように、エンジンの基本的な制御を担います。あなたのバージョンは 560.94 です。

階層3: CUDA Toolkit (ファクトリーツール & 設計図)

NVIDIAが提供する、GPUの特殊な計算能力(並列計算)を最大限に引き出すための専門的な開発キットです。これは、F1エンジンの性能をフルに引き出すための**「エンジンメーカー専用の特殊工具と設計図」**に相当します。あなたのシステムには最新の CUDA 12.6 が入っています。

階層4: PyTorch (F1レーシングチーム)

AIモデルを実際に作り、学習させるためのライブラリです。彼らは、エンジンメーカーの特殊工具 (CUDA) を使って、エンジン (GPU) をチューニングし、レースで走らせる専門家集団です。あなたのチームはPyTorch 2.7.1+cu118 でした。

問題の核心:なぜマシンは走らないのか?

答えは、**バージョンのミスマッチ**です。 あなたの状況をF1チームの例えで見てみましょう。

🔧 互換性のないツールセット

あなたのチームは、最新の 2025年式エンジン (CUDA 12.6) を手に入れました。しかし、メカニック (PyTorch) が持ってきたのは、2022年式の工具箱と設計図 (CUDA 11.8用) だったのです。

  • 新しいエンジンのボルトの形が、古い工具のレンチと合わない。
  • 電子制御システムのコネクタ形状が違うため、診断ツールが接続できない。
  • 設計図が古すぎて、新しい部品の取り付け方がわからない。

この状態でエンジンを無理やり動かそうとするとどうなるでしょう? ECUは異常を検知し、エンジンを保護するために緊急停止します。これが `CUDA error: device-side assert triggered` の正体です。

コンポーネント あなたの環境 (不整合) あるべき姿 (整合)
CUDA Toolkit (システム) 12.6 12.6
PyTorch (チームの工具) cu118 (11.8用) ❌ cu126 (12.6用) ✅

特に、TFTのような最先端のモデルは、F1マシンのように非常に繊細で、最新の専用工具(CUDAの機能)をフル活用するように設計されています。そのため、少しでも工具が合わないと、すぐにエラーとして現れるのです。

解決策:正しい工具箱(PyTorch)を用意する

解決策はシンプルです。メカニック (PyTorch) に、最新のエンジン (CUDA 12.6) に合った、**正しい年式の工具箱 (`cu126`版)** を持ってきてもらうだけです。

ステップ1:古い工具箱を捨てる (PyTorchのアンインストール)

まず、間違って持ってきたCUDA 11.8用の古いPyTorchを環境から完全に削除します。

pip uninstall torch torchvision torchaudio -y

ステップ2:正しい工具箱を注文する (PyTorchの再インストール)

次に、PyTorchの公式サイトで「CUDA 12.6」用のパーツを注文します。その注文コマンドが、あなたが提示してくれたこれです。

pip3 install torch torchvision torchaudio --index-url https://download.pytorch.org/whl/cu126

--index-url https://download.pytorch.org/whl/cu126 の部分が、「**CUDA 12.6専用の部品倉庫から取り寄せてください**」という重要な指示になっています。

まとめ:なぜバージョンはこんなに細かいのか?

F1マシンのエンジンが毎年進化し、新しい技術が投入されるように、GPUとCUDAも半年から1年のサイクルで新しい世代が登場します。新しい世代は新しい機能や性能向上をもたらしますが、その分、内部の構造や命令セットも変化します。

PyTorchのようなライブラリは、その特定のCUDAバージョンの機能を最大限に活用するように作られているため、「CUDA 11用」「CUDA 12用」といった形で、別々のバージョンとして提供されるのです。これが、私たちが常に「バージョン相性」を意識しなければならない理由です。

今回の長いデバッグの旅から得られる最大の教訓は、**「ディープラーニングでGPUを使うとは、高性能なマシンを組み立てるようなもの。エンジン、ECU、工具、チームの全てのバージョンが完璧に揃って、初めてその真価を発揮する」**ということです。

AutoGluon 学習状況ダッシュボード

AutoGluon 学習状況ダッシュボード

12時間にわたる学習ログの可視化と分析

実験設定サマリー

学習プログレス

モデル性能比較

各モデルの検証スコア (-RMSE)。値が0に近いほど高性能。

分析と洞察

TFTモデルの除外が成功の鍵

以前の試行で `CUDA error` を引き起こしていた `TemporalFusionTransformer` を学習対象から除外した結果、他のディープラーニングモデル(`DeepAR`, `PatchTST` など)を含めた学習プロセス全体が安定して完走しました。これは、問題がGPU環境全体ではなく、TFTモデルと今回のデータセット(特に1300以上の特徴量)との組み合わせに固有であったことを強く示唆しています。

特徴量エンジニアリングの有効性

最終的なリーダーボードを見ると、特徴量を活用する `DeepAR` (スコア: -9.20) や `DirectTabular` (スコア: -10.24) が、シンプルな `SeasonalNaive` (スコア: -14.02) を大幅に上回っています。これは、時間をかけて作成した多数のラグ特徴量、ローリング特徴量、派生気象特徴量が、モデルの予測精度向上に明確に貢献していることを示しています。

モデルの多様性の重要性

今回の学習では、シンプルな統計モデルから、LightGBMベースのTabularモデル、HuggingFaceの事前学習済みモデル(Chronos)、そして複数の独自DLモデルまで、非常に多様なアプローチが試行されました。結果として、DeepARが最高の性能を示し、その次にDirectTabularが続くなど、異なるアーキテクチャのモデルが上位を占めました。これは、単一のモデルに固執せず、多様なモデルを試すAutoGluonのアプローチの有効性を示しています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました