なぜ地域・地方の中小企業は
DXの波に乗れないのか?
文献調査(DX動向2025, AI時代のデジタル人材育成)から見る構造的課題
1. 問題提起:日本のDX、その「平均像」と「実態」
日本企業全体を見渡すと、DXへの取組は着実に浸透しているように見えます。国内企業の77.8%が何らかの形でDXに着手しており、特に「全社戦略に基づく取組」では米国とほぼ同水準です。しかし、この「平均像」の裏には、日本経済の根幹を揺るがす深刻な「格差」が潜んでいます。
図1:DX取組状況の国際比較 (図表1-1)
主な発見: 一見すると、日本のDXは「全社戦略(34.4%)」と「一部門(24.0%)」の合計で過半数を超え、健全に進んでいるように見えます。しかし、「取組んでいない(19.9%)」企業の割合も無視できません。この数字の裏にある「企業規模」という要因こそが、最大の問題を明らかにします。
2. 深刻な「企業規模」によるDX格差
日本のDX進展の実態は、大企業によって牽引されているに過ぎません。従業員1,001人以上の大企業では96.1%がDXに取り組んでいる一方、100人以下の中小企業では46.8%と半数以下に留まります。実に、中小企業のほぼ半数がDXに未着手(48.0%)という現実があります。
図2:【日本】従業員規模別 DX取組状況 (図表1-2)
主な発見: 経済の基盤であり、地域・地方経済の中核を成す中小企業層に、DXの波が全く到達していません。この「デジタル・デバイド」こそが、日本全体のDX推進における最大の課題です。
3. 障壁(1):取り組めない根本的理由 – 「メリットがわからない」
では、なぜ中小企業はDXに取り組まないのでしょうか。驚くべきことに、最大の理由は「人材」や「予算」といったリソース不足以前の、「認識・理解不足」にあります。100人以下の企業でDXに取り組まない理由の第1位は、「メリットがわからない(53.0%)」でした。
図3:【日本・100人以下】DXに取り組まない理由 (図表1-4)
主な発見: 半数以上の中小企業が「DXのメリットを認識できていない」状態にあります。これはIT導入以前の「経営課題」であり、成功事例やノウハウが同規模の企業に届いていないことを示唆しています。
4. 障壁(2):DX推進「体制」の圧倒的格差
DXを推進する「エンジン」となる専門部署やチームの有無は、企業の規模以上に、国による差が顕著です。米独の中小企業は、規模が小さくとも何らかの推進体制を構築している割合が9割弱に達するのに対し、日本の中小企業で体制を持つのはわずか2割です。
図4:【100人以下】DX専門部署・チームの有無 (図表1-11)
主な発見: 日本の中小企業の約8割(77.8%)は、DXを「誰がやるのか」すら決まっていません。これに対し、米独では小規模でも専任または兼任のチームを組成するのが常識です。体制の欠如が、属人的・場当たり的な対応に繋がり、DXの停滞を招いています。
5. 障壁(3):経営層の「デジタル見識」と「予算」の壁
推進体制の欠如は、経営層の理解不足と密接に関連しています。日本企業全体で、経営者がデジタル分野の見識を「(十分・まあまあ)持っている」と回答したのはわずか40.2%。この傾向は中小企業でより顕著と推察され、結果として計画的な予算確保の欠如に直結しています。
経営者のデジタル見識(日本全体)
図5:(図表1-13)
日本企業全体の経営層の**59.8%**が、デジタル見識が「ない」または「どちらとも言えない」と回答しており、DXの舵取り役が不在の状況です。
DX予算確保(日本・100人以下)
図6:(図表1-6)
中小企業の**4分の1(24.9%)**は予算が「確保されていない」上に、確保している企業でも「継続的なDX枠」はわずか9.0%。「都度申請」が主流で、DXを「投資」ではなく「コスト」と捉えている実態が伺えます。
6. 障壁(4):日本全体を覆う「DX人材」の枯渇
仮に経営層がDXを決断したとしても、実行する「人材」が日本全体で枯渇しています。日本企業の85%以上が、DX人材の「量」「質」両面で深刻な不足を感じており、この割合は米独を圧倒しています。この問題は、採用力や育成体力で劣る中小企業を直撃します。
図7:DX推進人材の不足状況(「量」「質」) (図表3-1, 3-2)
主な発見: 日本はDX人材の「量」(85.1%が不足)と「質」(86.1%が不足)の両方で、米独(量:米23.8%, 独44.6%)とは比較にならないほどの危機的状況です。大企業による人材獲得競争が激化する中、中小企業が外部から高度人材を確保するのは極めて困難です。
7. 障壁(5):人材を「育てない」・「育たない」企業風土
外部から人材を獲れない以上、内部育成が唯一の活路です。しかし、データは「内部の人材育成も機能していない」という構造的欠陥を明らかにしています。日本企業の3分の1以上が人材育成を「とくに支援していない」と回答。さらに、DXスキルを評価する「基準がない」企業が75%以上に上ります。
図8:人材育成の障壁(日本 vs 米独) (図表3-8, 3-10)
主な発見: 企業は育成を支援せず(日本 36.6%)、個人は主体的に学ばず(自己啓発率 最下位)、学んでも評価されない(評価基準なし 75.7%)という「負のスパイラル」が定着しています。スキルベースの評価・報酬体系への移行の遅れが、デジタル人材育成の最大のボトルネックとなっています。
8. 考察:なぜDXが進まないのか – 複合的要因の整理
中小企業のDXが進まないのは、単一の理由ではなく、複数の障壁が連鎖した「構造的課題」です。アナリストとして、この問題は「認識」「体制」「リソース」「人材」の4つの壁が連鎖していると分析します。
1. 認識の壁
経営層がDXのメリット・必要性を理解していない。
2. 体制の壁
推進する「人・チーム」が任命されておらず、経営もコミットしていない。
3. リソースの壁
継続的な「投資」としての予算が確保されていない。
4. 人材の壁
人材が枯渇し、内部育成も評価制度も機能不全に陥っている。
結果:DXの停滞
何から手をつければ良いか分からず、行動が停止する。
アナリストとしての見解: 特に深刻なのは「認識の壁」と「人材の壁」の連鎖です。外部から人材を獲れない中小企業にとって、DXの成否は「今いる人材をいかに育成し、DXを自分事として推進できる体制を経営主導で構築できるか」に懸かっています。
9. 提言:中小企業がまず踏み出すべき「はじめの一歩」
大規模な変革(トランスフォーメーション)をいきなり目指す必要はありません。まずは「デジタイゼーション(業務効率化)」から着実に成功体験を積むことが重要です。そのために、以下の4つのアクションを提言します。
1. 「知る」 (Learn)
経営者自ら、地域の商工会議所や支援機関(IPA、中小機構など)のセミナーに参加し、「メリット」と「知識」を得る。同業他社の小さな成功事例を徹底的に調査します。
2. 「決める」 (Decide)
「DX担当者」あるいは「推進チーム」を(兼任でも良いので)正式に任命します。経営者が「DXは重要だ」と社内に宣言し、そのチームに直接コミットします。
3. 「試す」 (Try)
業務効率化からで構いません。まずはペーパーレス化(請求書の電子化など)、SaaS導入(Web会議、勤怠管理など)から始め、小さな成功体験を積みます。
4. 「育てる」 (Nurture)
外部研修やe-learning(例: マナビDX)の費用を会社が負担します。そして最も重要なのは、学んだスキルや資格を評価する仕組み(資格手当など)を導入することです。

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